2006年1月23日 (月)

ドイツからの贈りもの

歴史発掘スペシャル ドイツからの贈りもの~国境を越えた奇跡の物語~sakka-
<大のサッカー好き、勝村政信がドイツを旅することになったきっかけは、ある1枚の写真。それは、似島にドイツ人の捕虜収容所があった1919年、広島で初めてサッカーの日独交流試合が行われたときのもの。日本チームは、広島師範学校の学徒たち。対するは、囚われの身となっていたドイツ人捕虜たち。防戦一方だった日本のサッカーは、欧州サッカーの洗礼を受けた。
 「日本サッカーの礎を築いてくれた、ドイツ人捕虜とは?」。こうして勝村の子孫探しの旅が始まった。>

 いやー、いい意味で裏切られました。こんなに良作とは思わなかった。よくあるサッカー紀行番組だろ、映画化される坂東捕虜収容所の二番煎じだろと思って見始めたら、いつの間にか引き込まれてしまった。
 日本サッカーの源流となった、似島俘虜収容所のドイツ軍サッカーチームと広島師範学校の試合。それに参加したドイツ側イレブンのその後を、残された一葉の集合写真から探す旅なんだけど、一人は試合からわずか三ヵ月後、インフルエンザに罹患して日本で病死、他の選手も解放後行方不明になっていたり、ドイツへ帰国するも第二次大戦で再び出征、東部戦線で戦死していたりとなかなか足跡を追うことが出来ない。
 彼らの足跡を追う傍ら、解放後日本に残って菓子店を開いたユーハイムやソーセージ職人ヘルマン・ウォルシュケについても紹介。彼らの波乱に満ちた人生には思わず絶句。(ウォルシュケは人は日本でソーセージやハムを作って成功し、ベーブルースが来日した時にはホットドックを日本ではじめて作って広めた。しかし、第二次大戦中は長野県野尻湖で軟禁生活を送り、終戦後は再びソーセージを作って成功を収めるも、戦争の混乱からドイツと日本間を何度も往復していた友人からの手紙が32年ぶりに届いたことから、望郷の念が沸き起こり、入国が極めて困難になっていた冷戦下の東ドイツへ旅するために奔走した。ようやく許可が下り、あと数日で出発という日、彼は心臓発作でこの世を去った。お店を継いだ息子さん御夫妻が守る彼のお墓の墓碑銘は「遠く離れた祖国、ドイツを誇りにし、第二の故郷、日本を愛したヘルマン・ウォルシュケこヽに眠る」と刻まれている。)
 また、勝村さんも行く先々でW杯のスタジアムを見学したり、ビールを飲んだり、バームクーヘンを作ったりとしっかり旅番組もやっている。(美味しそう!)
 そして最後。遂に一人の足跡が判明した。彼は故郷に戻ってから地元の村で小さなクラブチームを作って初代会長になっていた。そこで明らかになる意外な事実。
(以下、ネタばれ。白字で書いてあります。)
 そのサッカークラブは、今でも500人のメンバーを抱える歴史あるクラブとして残っているが、そのクラブでサッカー人生をスタートさせたのが、ギド・ブッフバルト。日本に近代サッカーを伝えたドイツ人が創設したクラブでプレーしたブッフバルトが選手として来日し、いまはレッズの監督として指導に当たっている。あまりに不思議な縁というほかは無い。
 勝村さんがそのクラブチームの練習に参加したあと、そのクラブゆかりの人物が今の日本代表にエールを送って番組は終わった。
 あー、こんな見ごたえのある番組なら録画しとくんだった。再放送やってくれないかなー。

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2005年7月24日 (日)

映画の感想 ヒトラー~最後の12日間~

 久しぶりに映画を見に新宿へ。12niti
ヒトラー ~最期の12日間~
 テーマがテーマだし、単館上映の地味な映画だし、そうお客さんも多くないだろうと、上映開始の30分前に映画館についたら、既に大混雑で立ち見になるという。2時間半の映画なのでさすがに立ち見はつらい。やむなく最終回に予約を入れたがそれももう満席寸前であった。まさかここまで注目をされているとは・・・。
 とりあえず紀伊国屋で時間をつぶしていたら地震発生。一時店内が騒然となるも、10分もすれば何事もなかったようになっていた。

 さて、ベルリン陥落については、大学時代に児島襄の「ヒトラーの戦い」の第10巻で読んだり、当時在ベルリン日本大使館三等書記官であった新関欽哉氏の回想録「第二次大戦下ベルリン最後の日 : ある外交官の記録」などを読んでいたが、そこに出てきたユンゲ秘書を初め、ヒトラーの愛犬の調教師トルナウ軍曹、総統官邸の電話兵ミッシュ軍曹といった歴史の目撃者もちゃんと登場しているし、ヒムラーの副官フェーゲラインSS少将やドイツ赤十字社総裁グラヴィッツ博士のエピソードもきちんと挿入されているが、いかんせんかなりの深い知識がないと「この人誰?」状態になるかもしれない。お話の序盤で司令部を砲撃され、銃殺されかかった将軍がベルリン防衛司令官のワイトリング中将だと気付いたのは最後の最後になって自信が名乗ってからだし、ヒトラーに罵倒されつつ最期に総統官邸で自決した二人の将軍が参謀総長代理のクレブス中将と総統高級副官のブルクドルフ大将だなんてことは、よほどの軍オタでなければわからない。この映画を見に行くときは、関連書籍を一冊読んでいかれることをお勧めしたい。

 とはいえ、映画はドイツ人が作っただけあって見ごたえは十分である。ソ連軍が迫る中、国防軍もSSも自分を裏切ったと将軍たちを罵倒し、それでもシュタイナーSS大将の率いるシュタイナー兵団や第12軍の反撃に一縷の望みをつなぎ、それが失敗と知るや意気消沈。ベルリン市民やドイツ国民の惨状には冷ややかな態度をとりつつ女性秘書たちに優しさを見せるヒトラー。地下壕で毎日酒を飲みヒトラーに罵倒されつつ、結局総統への忠誠を最後まで崩すことなく死んでいく老将軍たち。地上ではソ連軍の砲撃に市民たちが吹き飛ばされ、逃亡兵や反逆者狩りのSSも横行する。そんな中で、小学生から高校生程度と思われるヒトラー・ユーゲントの少年少女の一団も登場する。彼らはベルリンの大通りに設置された高射砲兵としてソ連軍の戦車を撃破し、ヒトラーから叙勲されるも、その後非命を迎えていくことになる。この中の一人の少年兵が物語のキーパーソンになっていくのだが、詳細は映画を見ていただきたい。ただ、金髪三つ編みの少女(しっかりと軍服を着て、ヘルメットを被り、総統への忠誠心も満載)は可愛かっただけに・・・。

 この作品は欧米では随分物議をかもしたという。いわゆる「ヒトラーを人間的に描きすぎている」というものだ。しかし、戦後60年経って、遂にヒトラーをこのような形で映画化できる時代になったか(それもドイツ人によって)と思うと感慨深い。歴史的事実は唯一である(はず)だが、それをどう描くかは千差万別である。赤旗はこの映画を評して「自分の考えや名誉にしがみつき、周りを振り回し犠牲にする。程度の差はあれ、権力者は陥りやすい。いまだに靖国神社参拝の機をうかがい、あくまで郵政民営化にこだわる小泉首相。映画を観てもひとごとにしか映らないのでしょうか」と述べたそうだが、いかにも共産党らしい一面的な見方であり、レトリックである。

 物語の性格上自決シーンが多く、その手の映像が苦手な方にはお勧めできないが、機会があれば一度見に行かれてはいかがだろうか。

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